子供部屋をパーテーションで区切った想い出

妹と同じ部屋が苦痛になってしまった

妹と同じ部屋が苦痛になってしまった仕切ったところが自分の空間にパーテーションが大人の第一歩だったパーテーションを利用して会議室を作りました

私とパーテーションとの出会いは小学6年生のときです。
当時はとても貧乏だったので市営の公団に住んでいました。
4人家族でしたが、特に住まいが狭いと感じた記憶はありません。
もう独立して家を出ましたし、家族も他の場所に移り住んでいます。
あの公団よりもずっと広い住まいに住んでいます。
そうなってから、あの公団が非常に狭かったのだと気付きました。
今行ってみると狭いと感じるに違いないですが、なぜか当時はそう感じたことは一度もなかったのです。
2つ年の離れた妹がいて子供部屋を共有していましたが、6年生になるまでは不便なことはありませんでした。
なぜ6年生で不便を感じるようになったかと言うと、体が成長して異性である妹と一緒に過ごすのに支障が出てきたからです。
家族といえどもプライバシーを意識するようになったのはその頃です。
それを敏感に感じ取ったのは母親でした。
妹はどれくらい意識していたのか窺い知れませんが、母親は別々の部屋を与えたいと考えていました。
しかし当然ながら、そのような余分な部屋はありません。
そこで母親が考えた苦肉の策が、パーテーションによって部屋を区切ることだったのです。